夢の淵の扉開き、輝く海の底へ~ABZÛ~短評
thatgamecompanyがプレイステーション3でリリースした傑作『風ノ旅ビト』(2012)が砂漠や雪山いわゆる死を連想させる舞台から生の痕跡を掬い集めるゲームだとすれば、元スタッフでアートディレクターのMATT NAVAが立ち上げたGiant Squid Studiosの『ABZÛ』(2016)はあり得ない程の生命が溢れている海が舞台だ。
※現在、Steamでは日本語を除く多国語版がリリースされ、日本語化はされていないが英語版でクリアまで特に困るようなことは無かった。北米のプレイステーションネットワークではDL販売されているが日本国内のPS4では未配信。
タイトルの「ABZÛ」とはアプスあるいはアプスーと読み、海底にある淡水の海を意味するらしい。
シュメール神話・アッカド神話において存在していたと伝えられる、地底の淡水の海のことである。湖、泉、川、井戸その他の淡水は、アプスーが源であると考えられていた。
シュメールの神であるエンキ(アッカド語ではエア)は、人間が創造される以前からアブズ(アッカド語ではアプスー)の中に住んでいたと信じられていた。他に、エンキの妻ダムガルヌンナ、母ナンム、助言者イシムード、また門番のラハムをはじめとする様々な下僕が、アブズ(アプスー)の中に住んでいた。
都市エリドゥにおいては、エンキを祀る寺院はエアブズ(E-abzu、アブズの寺院の意)と呼ばれており、沼地の端部に位置していた[1]。
バビロニアやアッシリアの寺院においては、壁に囲まれた寺院の内部に置かれた聖水の水槽もまた「アプスー」と呼ばれていた。宗教的な洗浄行為への使用を目的としたものとして、イスラム教のモスクにおける、礼拝前の清浄(ウドゥー)のために中庭に設けられた泉や、キリスト教の教会における洗礼盤などの先駆とみなされる可能性がある。
クリアしてから語源を知るとなるほどと思わせるネーミングである。
一言で行ってしまえば「相変わらず凄かった」
初見プレイだと思わず口が半開きになってしまう作り込み。『風ノ旅ビト』のようにエコーのような(ぽわぽわ)リアクション要素もある。
プレイヤーが発するエコーで魚群が反応するのは元祖?リラクゼーションゲームARTDINKの『アクアノートの休日』を思い出した。
全体的なレンダリングや猫目な部分はゼルダの伝説風のタクトも連想させる。
「言葉の排除」も徹底されていて、魚類の名前紹介や簡単なチュートリアルを除いて、世界観を説明する文章やセリフは一切無い。
ゲームを進めて、目にしたものや体験したことで世界観やバックストーリーをそれぞれのプレイヤーが再構築し想起する明確な正解はないシナリオになっている。
ゲーム中ではクジラやマンタ、ナポレオンフィッシュなどほとんどの大型の魚類にしがみついて移動できる。予備知識を一切持たず初めたのでうれしい演出だった。
グラフィック要求は高めで、推奨の環境を十分に満たしているGTX1060でも最高設定だとシーンによりカクつきが発生する。グラフィックボードは新し目の余裕のあるものでないと厳しいかも。
また、X-BOXなどゲームコントローラーの使用が強く推奨されている。
早解きではなく世界観を噛みしめるように楽しめる作品
その世界は魚たちの王国。その王国ではプレイヤーは迷い込んだ異邦人に過ぎない。この物語の本当の目的を知るまでは…
魚たちの振る舞いは知らない国のパレードのようでもあり、静と動が混在し、命の賑やかしさと同時に極めて静かな時間が流れている。ABZÛの世界ではそのどちらもが存在している。
実際にプレイヤーがゲーム中に出来る事、目的は「風ノ旅ビト」と驚くほど似ている。
そして物語の区切りごとに海底にある「枯れていたABZÛの神殿」を再生するイベント
風ノ旅ビトではオンラインで名も知らぬプレイヤーと20秒間操作せずに向かい合い座禅をすると取得出来る『瞑想』(Meditation)というトロフィーがあったが、ABZÛでも少し違った形で『瞑想』の要素は取り入れられている。
実際のプレイを撮影したものだが、ステージにあるサメと狛犬を合わせたようなスタチューに座ると瞑想が始まる。座った状態でセレクト(バック)ボタンを押すとこのエリアに居る魚たちの名前が表示される。アナログパッドで違う魚にフォーカス出来る。
贅沢を言えば、オンラインの要素もあったほうが良かったかもしれない。名も知らぬプレイヤーと深海で巡り合うのはそれはそれで面白そうである。アップデートで対応してくれたら素直にうれしい。
遺跡
海底に散在する廃墟は初めて目にした途端「イスラム建築の青だ!」と脳裏をよぎった。
イスラム建築風の青にシュメールやエジプトなど古代の壁画をアレンジしてデザインされている。言葉のないこのゲームではストーリーを深く理解するのに必要な数少ないヒントになる。
ABZÛの海底神殿も独特のシェイプはイスラム建築の様式に酷似している。
今だから可能になった表現
演出面ではGPUの進化に依るところが大きいが、PS3世代の『風ノ旅ビト』では成し得なかった表現力でABZÛは魚たちの命のうねりを実現している。
実際に撮影してみると、魚一体一体に当たり判定があることがわかる。
再生と瞑想の哲学
「ABZÛと風ノ旅ビト」命あふれる世界と茫漠たる世界。一見すると対になっているように感じられるが、両者のメッセージはそれほどかけ離れていない様に感じる。
2つのゲームに共通するプレイヤーの能力は、死に覆われ時間が停滞していた世界に命を吹き込む力。いわば世界を再生させ彩りを与える力だ。
瞑想(Meditation)をABZÛでふたたび盛り込んだのも、完璧に構築された世界だから成り立つのだろう。ゲームをしていてふと立ち止まる。差し込む陽の光が海底に揺らめき柔らかい陰影をつくる。魚の群れを何気なく目で追う。ゲームの進行を一旦停めてもこの世界に思いを巡らせる価値があるものがそこにはある。
明確なネタバレは避けるが、後半に、プレイヤー自身が揺らぐ様などんでん返し、役割演技の変化をもたらすイベントなどもあり、一捻りあるシナリオとなっている。
ゲームのボリュームは、風ノ旅ビトとほぼ一緒だと思っていいだろう。初回で2時間程度。さらにコレクトアイテム要素を回収してもプラス1時間。